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Tomitaro Makino |
Dr. Tomitaro Makino
(1862-1957)
Tomitaro Makino was born in Kochi, on 24th April 1862. He is one of the most famous botanist in Japan. In 1940, he published “An illustrated flora of Nippon by Dr. T. Makino”, a reference work that remains indispensable to professional botanists and enthusiasts today. |
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富太郎の年譜 |
西 暦 |
年 号 |
年 齢 |
できごと |
1862 |
文久2 |
0歳 |
4月24日 土佐国高岡郡佐川村(現高知県高岡郡佐川町)に生まれる。 |
1884 |
明治17 |
22歳 |
上京し、東京帝国大学理学部植物学教室に出入りする。 |
1889 |
明治22 |
27歳 |
日本ではじめて「ヤマトグサ」と学名をつける。 |
1893 |
明治26 |
31歳 |
東京帝国大学理科大学の助手となる。 |
1900 |
明治33 |
38歳 |
『大日本植物志』第1巻第1集を刊行。 |
1912 |
明治45 |
50歳 |
東京帝国大学理科大学の講師となる。 |
1916 |
大正5 |
54歳 |
『植物研究雑誌』を自費で創刊する。 |
1926 |
大正15 |
64歳 |
東京府北豊島郡大泉村上土支田557(現在の練馬区立牧野富太郎記念庭園)に居を構える。 |
1927 |
昭和2 |
65歳 |
理学博士の学位を受ける。 |
1928 |
昭和3 |
66歳 |
「スエコザサ」を命名する。 |
1937 |
昭和12 |
75歳 |
朝日文化賞を受ける。 |
1939 |
昭和14 |
77歳 |
東京帝国大学理学部講師を勤続47年で辞職する。 |
1940 |
昭和15 |
78歳 |
『牧野日本植物図鑑』を刊行。 |
1951 |
昭和26 |
89歳 |
第一回文化功労者となる。 |
1953 |
昭和28 |
91歳 |
東京都名誉都民に推される。 |
1957 |
昭和32 |
満94歳 |
1月18日 満94歳で没す。没後、従三位勲二等旭日重光章および文化勲章が授与される。 |
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